妊娠

31歳で初産!予定日を10日過ぎて赤ちゃんに会えた出産体験記録

kurumi1

31歳で初めての出産。予定日を10日過ぎて、やーーっと赤ちゃんに会えました!

当時は、陣痛に耐えた時間は53時間。バルーンや促進剤、入院と退院、旦那との喧嘩まで・・いろいろあったお産でした。

生まれた時は「やっとおわったぁ」「あー良かった」と、言葉にできない気持ちで涙がたくさん出ました。今回は、その時の記録をもとに振り返ってみます。ひとつの出産体験談として読んでもらえたら嬉しいです^^

予定日を過ぎて、「まだ産まれないの?」がつらくなった

予定日が1日、2日、3日と過ぎていく中「まだかなぁ?」と思いながら過ごしていました。

親や友人からも「まだ産まれてない?まだなの?」と聞かれる日々。楽しみにしてくれて嬉しい反面、私自身いつ陣痛が来るかわからないので、聞かれることがストレスになっていました。

予定日を過ぎると、私の検診は3日に1回に。胎盤の状態は良く、赤ちゃんの重さは3300gを超えていましたが子宮口は1cmから開かず、陣痛が来ないことに焦っていました。

どんどん大きくなって、難産にならないかな・・

周りから「大丈夫!絶対でてくるから」と言われても、「出てくるのはわかってる・・でも大きくなりすぎて大変なお産になるかもしれない。大丈夫かわからんやん・・」と、不安と焦りでいっぱいでした。

予定日から1週間経った検診後、促進剤を使って出産するために入院しました。

入院1日目|バルーンを入れた日

17時:バルーンを入れる
痛みは我慢できるくらいでしたが、椅子に座ると違和感があり、晩御飯を食べている時も不快に感じました。

20時:シャワーへ
ひどい生理痛のようなしんどさと吐き気があり、髪を乾かせず部屋に戻りました。

21時:便意と吐き気でトイレへ
嘔吐。晩御飯美味しかったのに・・。明日もしっかり食べられない気がしていました。

入院2日目|促進剤を使い、陣痛が始まる

前夜から翌朝:吐き気が続き、朝食もあまり食べられず

1時40分再び嘔吐。その後お菓子が食べたくなって食べましたが、またリバース。寝てもちょくちょく目が覚めて汗を沢山かき、お腹も痛かったです。

7時に起床。子宮口が開きやすくなるかなと思い、体勢を変えたり運動したりしていました。8時の朝食はあまり食べられず、NSTを受けました。

9時に促進剤、12時に弱い陣痛が始まった

9時に促進剤の投与が始まり、12時には弱い陣痛が来ました。その後どんどん強くなり、内診してもらうことに。

指でグワッと広げられたのがつらく、そのあと3回吐いて、更に下痢も。しんどさに耐えられなくなり、助産師さんに「点滴を弱められませんか?」と聞きました。

「点滴もあと少しだから、最後まで頑張ろう!」と言われ、最後まで使い切りました。その時の記録では陣痛間隔は1分。点滴が終わっても陣痛は続いていました。

気持ちもしんどくなり、一度退院

入院前に旦那とも揉めていて、心のよりどころが無い状態でした。身体だけでなく、気持ちもしんどかったです。

我慢できず、親友に泣いて電話したことを今でも鮮明に覚えています。

その後、お家の方が落ち着くと思い、退院することに。バルーンも抜いてもらいました。

退院翌日|陣痛が続く中、もう一度病院へ

助産師さんからは「促進剤を外しても陣痛の余韻はあるよ」と言われていました。実際に、間隔は長くなっても痛みは続き、夜もちょこちょこ目が覚めていました。

9時:陣痛が10分間隔に
12時:6分間隔に
15時:6分間隔のままだったので、病院に電話して受診

内診では、前日と変わらず子宮口は2cm。入院も可能でしたが、私は自宅待機を希望しました。

食欲がなく、全然食べれていなかったので、体力もなくなっていきました。

YouTubeで陣痛を和らげる動画を拝見したところ、お尻付近を押さえると和らぐと知り、試してみることに。驚いたことに痛みがマシになりました。日付が変わっても、その体勢で過ごしていました。

退院2日目|痛みが強くなり、14時に病院へ電話

体勢を変えず過ごしていると、前夜から陣痛が強くなっていき、「ヴゥゥ」と唸り続けていました。

14時:1人で病院に歩いて行く予定だったので、これ以上の痛みで歩いて行けないと思い病院へ連絡。

最初の入院でお世話になった師長さんが対応してくださり、「来てください」と。

病院が近場だった為、歩いて向かいました。当時は歩くことで刺激になり、子宮口が開くんじゃないかなと期待していました。

「あと2時間で生まれるよ!」

師長さんの一言で先が見えて嬉しかった

内診してもらうと「子宮口が4cmになって、柔らかくなってるよ!」と。そのあと「6cmにしておくわ!」と指でグリグリとされ、とっても痛かったです。

でも、その時は陣痛を長く耐えるより、痛くても早く出産できる方がよかったのでありがたかったです。

師長さんの一言は、私のどん底の気持ちを救ってくれて

「え!?今日生まれるの!?」と嬉しく、陣痛頑張れる!と思ったことを鮮明に覚えています。

ちょうど隣のLDRでも、同じように陣痛に耐えている人がいて、それも心強かったです。

来れないはずの旦那が来てくれた!

そんな中、「旦那さん来られました!」と言われ、また心強く感じました。仕事で来れない予定だったのに・・・嬉しかったです。

ただ、話せる余裕はなく、「動画撮ってて!」「カメラはキャリーバッグの中!」だけ話しました(笑)

いきんでも、想像していたようには出てこなかった

そこからは、とにかく師長さんの指示通りにしました。

「いきんでいいよ!」と言われたタイミングで、すぐにドゥルンと出てきてくれることを想像していましたが、全くそんなことはなく(笑)

その辺りから先生も来てくれて、20回程いきんだ頃、助産師さんと先生が話し始め「ほんのちょっとだけの切開にしてあげて」と聞こえて、”会陰切開するんだ”と思ったことを覚えています。実際、会陰切開を体験した感想は、陣痛が痛すぎて、切開はチクっとしたくらいで全然痛くありませんでした!

これは出産後の話ですが、師長さんから「出口が硬くて狭くて、切開していなかったら上まで裂けていたと思う。」と言われ切開してもらっていなければ・・・と考えると怖かったです。

赤ちゃんの頭に触れて、「もうすぐ会える」と思えた

切開後、赤ちゃんの頭が挟まっているとわかった辺りが、一番痛かったです。痛くて呼吸することを忘れてしまい、助産師さんに「呼吸して!」と声をかけられました。

そして「頭でてきたよ〜!触ってみぃ!」と言われ、触るとかなり柔らかくて・・もうすぐ会えると思うと、頑張れました!

頭に触れられたことは、私には力になったので「こうしたい」という希望があれば、バースプランで相談しておくといいと思います。実際にできるかは、その時の状況に合わせて医療スタッフの方々が判断されると思います。

やーーっと生まれた!涙が沢山出ました

それから少しいきんで、遂に・・・

出てきてくれました!!!!!!会陰切開から生まれるまでは、早く感じました!

やーーっと出てきてくれて・・・「やっとおわったぁ」「あー良かった」など、色んな気持ちが入り交じって、言葉では言い表せない感情に。涙が沢山出ました。

側にいた旦那さんに「ありがとう」と言われた時は、とても嬉しかったです。

初産を今振り返って思うこと

バルーンを抜いてからも陣痛が続いていたので、辛かったーー

今思えば、促進剤をせずに陣痛を待てばよかった(笑)

それくらい促進剤は辛かったです。

不安も焦りもあったお産でしたが、無事出産できたことで辛かったことを超えた幸せが待っていました。夫に立ち会ってもらえたこと、赤ちゃんの頭に触れられたこと、いろんな事が私の力になり出産を頑張れました!

ちなみに、2人目の出産にも立ち会ってもらったのですが、その時は「もう二度と立ち会ってもらいたくない」と思う出来事も・・。それは別の回でお話します(笑)

出産の経過について、専門情報を少しだけ

ここまでの時刻や医療スタッフとのやり取りは、私の当時の記録です。読む方の判断の目安になる部分について、専門機関の情報も確認しました。

連絡・受診は、出産する病院の案内を優先
陣痛の間隔だけで判断せず、破水かもと思う時、多い出血や間隔なく続く強い痛みなどがある時は病院へ連絡してください。参考:国立成育医療研究センター「入院について」

促進剤や会陰切開は、その時の状態に合わせて
分娩誘発は、予定日超過やお母さん・赤ちゃんの状態などを踏まえて行われます。会陰切開も全員に行うものではなく、お産の状況に応じて判断されます。不安なことは、担当の医師や助産師さんに聞いてくださいね。参考:国立成育医療研究センター「分娩誘発について」「会陰切開について」

バースプランは希望や気持ちを伝えるものですが、状況によって希望に沿えないこともあります。参考:関西ろうさい病院「バースプラン」

専門情報の確認日:2026年9月22日

初めての出産は、わからないことも不安もありますよね。私の記録が「こんなお産もあったんだな」と、ひとつの体験として参考になれば嬉しいです^^

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ABOUT ME
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ブロガー
30代の2歳と0歳のワンオペ育児ママ。共働き夫婦。
家族の中でも一番元気で笑顔でいたいからこそ、自分を大切にしているkurumiです。
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